好かれる人と柔軟性‏のある人

柔軟性

育った背景や異なった価値観を持った人と人が絡み合い成り立っている社会で、人に好意を持ってもらうことは容易なことではなく、それなりの柔軟性が必要になります。

また、対人間に限らず、気候や経済の状況、社会の仕組み、自分の年齢などの環境の変化に対しても、柔軟に自分を変えていくことが同時に必要になります。

様々な変化に対応できなかったり、自らの間違いを知りながら、自分の意見を変えないというのは、柔軟性に欠け、周囲の人から疎まれ、孤立を招いてしまいがちで、とても人の好意を得られる状態ではありません。

自分の間違いを認めないという行為の代償の大きさは、個人に限らず、組織も同じで、赤字が決まっているのに中止しないダムの建設、民間飛行機の開発、土地開発などは組織が間違いを認めなかったために、その組織そのものが中傷の標的 となり、経営幹部や執行陣が退陣に追い込まれるといった結果になったりします。

人は間違いをするものですし、また、複数の人間で成り立っている組織もまた間違いをします。

そういった意味では、社会そのものが合理的に成立することはかなり難しいことなのかもしれません…。

人であれ、組織であれ間違いはありますが、それを放置あるいは固執するというのは、決して賞賛されることではありません。いかに速やかにそれを修正できるかという点がポイントになりそうです。

では反対に間違いを恐れ、消去法的な選択を繰り返すことがいいことなのかどうかと言うと、それは分かりません。ただそういった状況でも間違わないということはありえないでしょうし、柔軟性はどこかできっと必要になります。

間違いを恐れることなくチャレンジし、そして間違いだと分かったら、直ちに修正を行う、そんな爽やかな修正はきっと周囲の理解も得られることでしょう。

ここであるエピソードを紹介したいと思います。

由緒ある名家に生まれた一人の男の子は幼少の頃から、英才教育を受け、スポーツ万能、頭脳明晰で、日本で最も優秀な大学を首席に近い成績で卒業し、やがて日本を代表する優秀な医師として名を馳せました。

まったく非の打ち所のない彼でしたが、残念ながら、人望がなく、あまり周囲から人気がない日々が長く続きました。

ところが、晩年、ある人物と出会い、改心し、自らの人生哲学を大きく変えることになります。

その哲学というのを簡単にまとめると、

「正しいこと、間違っていることというのはしょせん人間の思い込みに過ぎない」

というものでした。

彼は、自分を厳しく律するために、「白黒」はっきりつけることを当たり前のように行ってきたのですが、それは彼の完璧さを裏付けるものでもあったのですが、逆に周囲からは柔軟性に乏しく、慕われるということに繋がってこなかったという厳然とした事実がありました。

彼がその人生哲学を「柔軟に」変えた結果、どうなったでしょうか。

なんと、彼は周囲から瞬く間に慕われるようになり、彼が勤め、経営していた病院は、その地域でも最も有名な病院となり、彼はあっという間に幾つものすばらしい病院を経営するにまで至ったのです。

どんなに素晴らしい能力をもった人でも、周囲の理解を得られなければ、大きな功績を得ることができません。ましてや柔軟性のない人が周囲から好かれることもあまりないでしょう。

柔軟に人間関係を作り上げるということは、人生をさらに豊かなものに変えてくれる可能性があります。

 

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