運が良い!は偶然ではなく必然~金運に恵まれる人~

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筆者がこれまで出会ったお金に好かれる人の中から、誰にでもおススメはできないけど、ヒントになるかもしれないちょっと変わった人を紹介するという趣旨でお届けしているこの特集ですが、今回は「運が良い!」人です。

皆さんの周りには、思い当たる人がいるでしょうか?

「運が良い人」

筆者は、仕事の影響もあり、たまたま企業経営者やスポーツ選手、芸能人といった方々と知り合う機会に多く恵まれたのですが、さすが世に出る人は「運」を持っている人が多く、中には圧倒的に「運の良い人」もいました。

ただ、今回はその中でも、経営者や有名人で「運」を持っている人ではなく、一般のサラリーマンの人を紹介したいと思います。

経営者や有名人といった人たちは、やはり強運の持ち主と言いますか、「運」を持っている人が多いので、そうではない一般の人を紹介することで、運は偶然ではなく、必然である!という筆者の持論を説明したいと思います。

まず、その彼(Tさん)ですが、経歴そのものは特筆すべきところはありません。(ただ、なぜか金運だけは違いました・・・。)

Tさんは高校を卒業後、関東のごく普通の大学に入学、卒業後は大学時代にアルバイトをしていた地方のある小さな企業に入ります。

ところが、その小さな企業ですが、実は帝国データバンクでも長期間に渡って財務の格付けが極めて高いランクを付けられていた隠れた超リッチ企業で、なんと、Tさんはアルバイト時代の働き振りを認められて、新卒でいきなり、年収で500万以上を提示されているのです!

実はその時、Tさんは友人からも家族からも「なぜ、そんな零細企業に行くの?」「就職活動はしないの?」と散々言われたらしいのですが、Tさんは、

「僕が入社する企業はほとんどの人に知られていない企業で、業務内容も派手ではない企業だけど、素晴らしい業績だし、何より、優秀な学生が応募してきて出世競争に巻き込まれることもないしね(笑) さらに働く仲間も良い人ばっかりだから」

と答えていたそうです。

待遇面も人間関係もはじめからそんなにいいなんて、そんな「運の良い」話があるでしょうか?

筆者の知る限り、フツーに就職活動をした学生のうち、3~4割ぐらいは入社後こんな感じでした。

「入社前に聞いていた話と全然違う…」

「給料が安い…昇給ペースも低い、サービス残業が多すぎ…」

「ストレスが多すぎる…」

筆者は、そういった企業も、そこに入社した学生たちもどちらも一概に悪いとは思わないですが、ただ、相性が合わなかった、あるいは縁がなかったということだけだと思います。

ですので、運が良かったTさんは例外的かもしれません。

ただ、運が良かったそんな彼も実は大学時代にアルバイトだけで、何十回も転々としていまして、その時代を知っている周囲の人からは、彼は闇雲に短期バイトばかりしている人と見ていましたが、実はその彼は”自分に相性の良いバイト(企業)”をひたすら探していたんです。

つまり、一見、遠回りしているようで彼は「運」を手繰り寄せる努力をちゃんとしていたのです。

しかし、当時は相性がいいバイトが見つかる保障も、そして、仮に見つかってもその会社が優良企業である保障はどこにもありません。

ただ、彼は自分の感性と努力でその運を手繰り寄せます。

その人は、周囲の人からはなぜか、「運が良さそう」「ハッピーなオーラが出てる」「何かを持ってる」と言われるような雰囲気の持ち主で、そう思わせるところがあるのは事実です。

彼にそのことを直接聞いてみると…、

「私は仕事や人生には、運が必要な場面が本当に多いと思っています。ただ、その運で左右される場面以外のところで、どれだけ他人の役に立てるか。それに尽きると思っています。」

「特にお金は、他人の役に立つことができたその対価だと思っています。ただ、私もはじめからそのことを理解していたわけではなく、利己的なお金の使い方をしたりして、痛い目に何度も遭っていまして、そうした失敗を通じて、今のような考え方に至っています。」

実は彼は上のような考え方で、利他的な努力を現在も行っており、彼の独自の考え方で、株式投資を行い、彼曰く幸運にも、そちらでも大きな成功に恵まれているとのことでした。

また、綺麗な奥さんと、子宝にも恵まれ、幸せな家庭を築いています。

【まとめ】

人は生まれながらにして、生まれきた時代や生まれた場所にはじまり、受験や就職、結婚など、運に影響される場面は人生で数多くあると思います。

そんな不確定要素が多い人生で「運が良い人」は、運で左右される局面ではないところで、利他的な見えない努力を積み重ねており、なぜか、運が左右される場面で、運が味方してくれることが多いと感じます。

筆者は、「運が良い人」は偶然ではなく、どこかで必然であると感じるのは、上記のような理由からです。

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